「IT×観光 講義ノート」第3回にようこそ。
岩谷学園ひがし北海道IT専門学校で教鞭をとる久保です。この連載では、東北海道の観光を豊かにするためのIT活用と、それを支えるビジネス戦略、マーケティング、フィールドリサーチの実際を、講義の様子を通してお伝えしています。
前回は自社の現状を把握するSWOT分析と、STP分析の第一歩である「セグメンテーション」について学びました。
今回はSTPの「ターゲティング」と「ポジショニング」をさらに深掘りし、具体的なマーケティング活動の設計図となる「4P戦略(マーケティング・ミックス)」を、東北海道の観光をテーマとした実践的なワークショップを通じて考えていきます。
前回の振り返り:SWOT分析とセグメンテーション(S)
簡単に前回のおさらいです。
- SWOT分析では、内部環境(強み・弱み)と外部環境(機会・脅威)を分析しました。
- STP分析のセグメンテーション(S)では、市場を共通のニーズや特徴を持つ顧客グループに分けました。
ターゲティング(T):どの市場(顧客)を狙うか?
セグメンテーションで市場を細分化したら、次にどのセグメントをターゲットにするかを選びます。すべてのセグメントを狙うのは非効率的です。魅力的なターゲットセグメントを見極めるには、主に以下の3つの視点から評価します。
- 市場規模と成長性:そのセグメントは十分に大きいか、今後成長が見込めるか。
- 収益性と競合状況:十分な利益が見込めるか、競合は強いか、参入障壁はどうか。
- 到達可能性と適合性:効果的にアプローチできるか、自社の強みを活かせるか。
中標津町に「はま寿司」が出店するという話題がありましたが、これは既存の「なごやか亭(花まる系列)」が掴みきれていない日常利用層や広域からのファミリー層というセグメントの市場規模と成長性、そして競合との棲み分け(価格帯や利用シーン)を考慮したターゲティング戦略の一例と言えるでしょう 。
ターゲット市場選定の戦略パターンには、市場全体を狙う「無差別型」、複数のセグメントに異なるアプローチをする「差別型」、特定のニッチ市場に集中する「集中型」があります 。
ITの進化は、より細分化された「マイクロセグメント」や個々人に合わせた「パーソナライズド・ターゲティング」を可能にしています 。
ポジショニング(P):顧客の心に「独自の場所」を築く
ターゲット顧客を選んだら、その顧客の頭の中で競合製品と比べて自社の製品・サービスが明確で、ユニークで、魅力的な位置(ポジション)を占めるように働きかけます 。これがポジショニングです。
「〇〇といえば、△△(自社ブランド/商品)だよね!」と顧客に想起させることが目標です 。
重要なのは「顧客視点」であり、企業がどう思うかではなく、顧客がどう認識するかが全てです 。競合との違いを明確にし、それがターゲット顧客にとって価値のある違いでなければなりません 。
ポジショニングを考える際の「軸」には、価格、品質、機能、ベネフィット、イメージ、利用シーン、顧客層などがあります 。例えば、私のコワーキングスペース「milk」は、「作業の快適さ」というベネフィットにおいて、このエリアの他の施設(カフェや公共施設のフリースペースなど)に対して独自のポジションを築けているかもしれません 。
いざ、実行へ! マーケティング・ミックス(4P)とは?
STP分析で「誰に(Targeting)」「何を(Positioning)」提供するかの戦略(骨子)が決まったら、それを具体的にどう実行に移すかを考えるのが「マーケティング・ミックス(4P)」です 。
- ・Product(製品・サービス)
-
どんな価値を提供するのか?
- ・Price(価格)
-
いくらで提供するのか?
- ・Place(流通・チャネル)
-
どこで、どうやって提供するのか?
- ・Promotion(販促・コミュニケーション)
-
どうやって知ってもらい、買ってもらうのか?
これら4つの「P」を STP戦略と整合性を取りながら効果的に組み合わせることが、マーケティング成功の鍵となります。
【ワークショップ】東北海道の観光における4P戦略の骨子を考える
講義の後半では、これまでのSTP分析の考え方を踏まえ、「東北海道の観光」をテーマに、学生たちに独自のポジショニングと4Pの骨子を考えてもらうワークショップを行いました。
学生Aさんのアイデア:「観光体験動画制作サービス」
観光連盟などが提供しているカヌー体験などのツアーにオプションとして参加し、ドローンや複数のカメラを駆使して参加者の最高の思い出を映画のような記念動画として制作する 。事前に撮影しておいた美しい風景素材と当日の顔が映るシーンを組み合わせることで、効率的に高品質な映像を提供する 。
例えば10万円のツアーに対して、オプションとして3万円程度で提供。撮影・編集の人件費を1日分と想定し、素材の再利用などでコストを抑える 。
観光連盟のツアー商品に組み込んでもらうほか、地域のネイチャーガイドやアクティビティ提供事業者に直接営業し、オプションサービスとして紹介してもらう 。
サービス内容をまとめたチラシや料金表を作成し、ガイドや事業者に配布。制作した動画のサンプルをガイド自身のプロモーション素材として提供することも考えられる 。
このアイデアに対しては、ドローン撮影の法的規制の確認や、多様なガイドとの連携体制構築などがポイントになるとフィードバックしました。私自身も、以前から写真家や映像クリエイターが地域の観光客向けに同行撮影サービスを提供できないかと考えていたため、非常に共感できる提案でした 。
学生Bさんのアイデア:「東北海道ジビエ料理体験」
鹿肉などの地元のジビエ(野生鳥獣肉)を使った料理を提供する 。
地元の特産品であり、手間もかかるため、一般的なレストランより少し高め(例:一食6,000円程度)に設定し、特別な食体験としての価値を訴求する 。
地元猟友会と連携して食肉を安定的に仕入れる。提供場所としては、例えば海洋台などでキャンプイベントと連動させたり、週に一度だけ既存の飲食店を間借りして「ジビエナイト」のような形で提供したりすることも考えられる 。
キャンプイベントでの提供や、SNSでの情報発信、地域の食に関心のある層へのターゲティング広告など。
ジビエ料理に関しては、安定供給の難しさ・適切な処理施設の確保・ハンターの技術による品質のばらつきといった課題が一般的に指摘されています 。しかし、これらをクリアできれば、東北海道ならではのユニークな食体験として大きな魅力となり得ます。
地域資源活用のヒント:高校生との連携
ジビエの話題から少し発展しますが、先日、標津町の漁師さんの元で、中標津農業高校の生徒さんが鹿革を使った商品開発に取り組んでいるという話を聞きました 。彼女たちは、食肉加工の際に出る副産物である鹿の皮を使い、キーホルダーなどを作っているそうですが、より複雑な製品を作るための技術指導者や資金が不足しているとのことでした 。
一方で、4月に地域おこし協力隊として着任した方が馬革でバッグを作る技術を持っていることもあり、この両者をつなぎ、例えば「中標津農業高校生がデザインし、専門家が技術指導した鹿革バッグ」をクラウドファンディングで商品化する、といったプロジェクトも面白いのではないかと感じています 。これもまた、地域資源(人材、素材、ストーリー)を活かした価値創造の一例です。
第3回を終えて
今回のマーケティング実践の授業では、STP分析のターゲティングとポジショニングを深掘りし、具体的な4P戦略の骨子を考えるワークショップを行いました。学生たちのアイデアは、東北海道の観光資源を活かしたユニークなものが多く、非常に刺激的でした。
重要なのは、STPで定めた戦略と、4Pで展開する戦術が一貫していることです。「誰に」「何を」「どんなイメージで」伝えたいのかが明確であれば、自ずと「どんな製品を」「いくらで」「どこで」「どうやって宣伝するか」が見えてくるはずです。
次回は、この4Pの各要素、特に「魅力的な製品(Product)」と「戦略的な価格(Price)」について、IT活用の視点も交えながら、さらに詳しく解説していきます。
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