「IT×観光 講義ノート」シリーズ、今回は「フィールドリサーチ」の初回講義の模様をお届けします。岩谷学園ひがし北海道IT専門学校の久保です。このコースでは、座学だけでなく、実際に現場に出て調査・分析するスキルを重視しています。この授業を通じて、学生たちが「問い」を立て、現場で情報を集め、分析し、伝える力を養うことを目指します。
フィールドリサーチとは? – 授業の目標と進め方
フィールドリサーチの授業では、まず「リサーチ精神」を身につけることを大きな目標に掲げています。日常にあふれる「?(ハテナ)」、つまり何が知りたいのか、何が問題なのかという「問い」を立てる力を養います。
具体的なスキルとしては、以下の3点を習得することを目指します。
- 情報を集める力:どうやって調べるのか、誰に聞くのか、どこへ行くのか。
- 分析し、考える力:集めた情報から何が言えるのか。
- まとめる・伝える力:どうすれば分かりやすく伝えられるのか。
そして何より、机上の空論で終わらない、リアルな課題と価値を見つけ出す「現場感覚」を養うことを重視します。将来的には、IT×観光の現場で「課題発見・価値創造」ができる人材を育成したいと考えています。
授業は、リサーチの基本知識や調査設計、情報収集方法などを学ぶ講義形式に加え、ディスカッションを多く取り入れたグループワーク、そして実際に現場に出かけて実践的に学ぶフィールドリサーチを組み合わせて進めていく予定です。最終的には、グループまたは個人でリサーチテーマを設定し、計画、実施、分析、そして報告会での発表までを行います。教科書としては、以前お配りした「IT×観光 最新動向と東北海道における応用」の第4章を主軸に進めます。
アイスブレイク:「私の小さな大発見!」
講義の冒頭でウォーミングアップとして「最近の小さな発見や気づき」を共有するアイスブレイクを行いました。これは日常の中にある「発見」の感覚を思い出し、リサーチマインドを育てるきっかけとするためです。
ある学生からは桜の花の色が土壌の酸性度(アルカリ性か酸性か)によって変わるという話が出ました。ソメイヨシノは通常、酸性の土壌で赤みがかった花を咲かせますが、アルカリ性の土壌では白っぽくなり「シダレザクラ」と呼ばれるようになる、というのです。これは単なる知識として面白いだけでなく、例えば特定の桜の種類の公園を作りたいと考えた際に、土壌の性質を考慮しなければならないという実践的な視点にも繋がります。まさに観察と好奇心から仮説を立て、検証していくリサーチのプロセスそのものです。
なぜ「IT×観光」でフィールドリサーチが重要なのか?
現代の観光において、フィールドリサーチは極めて重要です。その理由は大きく3つあります 。
- 1.顧客の「生の声」を掴むため
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アンケートやウェブデータといったITを駆使して得られる情報だけでは見えない、旅行者の本音やインサイト(深層心理)を現場で発見できます 。例えば、旅行者が現地で何に困り、何に感動しているのか、その背景にある感情や状況を深く理解することができます 。
- 2.地域の「隠れた魅力」を発掘するため
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データだけでは見過ごされがちな、地元の人も気づいていない可能性のある資源やストーリーを現場で見つけ出すことができます 。例えば、特定の路地裏の雰囲気や、地元民しか知らない絶景スポット、食文化などがそれにあたります 。
- 3.ITソリューションの「現場ニーズ」を理解するため
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どんなIT(アプリ、システム、デバイスなど)が、観光客や事業者が「本当に困っていること」を現場で解決できるのかを具体的に把握できます 。例えば、開発した観光アプリを現場で実際に使ってもらい、フィードバックを得ることで、より実用的な改善に繋げられます 。
ITによる効率的な情報収集・分析と、フィールドリサーチによるリアルな実感・発見は、いわば車の両輪であり、これらを組み合わせることで観光の未来をより良くデザインすることができるのです。
そもそも「リサーチ」とは?
「リサーチ(Research)」という言葉は「Re(再び)」と「Search(探す、調べる)」に分解できます 。つまり、ある特定の事柄について、新たな知識や事実を発見するために「再び探す」行為です 。
そのプロセスは一般的に以下の4つのステップで構成されます 。
この中で特に重要なのが、最初の「問いを立てる」ことです。何を明らかにしたいのかという問いが明確でなければ、その後の情報収集や分析も方向性が定まりません。現代ではAIなどによって情報収集や分析そのものは効率化されていますが、「何を明らかにするためのリサーチなのか」という本質的な問いを設計するのは、依然として人間の重要な役割です。
リサーチの主な種類
リサーチは、情報源やデータの種類によって分類できます 。
- デスクリサーチ(二次調査):既存の文献、統計データ、ウェブ情報などを収集・分析します。手軽に始められますが、情報の鮮度や信頼性には注意が必要です。
- フィールドリサーチ(一次調査):自分で現場に出て、直接情報を収集・分析します。手間はかかりますが、生の、独自の情報を得られるのが特徴で、この授業の主役となります。
- 定量調査:数値データ(例:何人、何%、何円)を収集・分析します 。アンケート調査の選択式回答やウェブサイトのアクセスログ分析などがこれにあたります。客観的な傾向を掴むのに適しています。
- 定性調査:言葉や行動など、数値化しにくい質的なデータを収集・分析します。インタビュー、行動観察、日記調査などが代表的です。「なぜそう思うのか」「どのように感じたのか」といった深層心理や背景を理解するのに役立ちます。
「フィールド」=「現場」に出ることの価値
「百聞は一見に如かず」という言葉があるように、現場には文字や写真だけでは伝わらない情報が溢れています 。
- 現地の空気感・雰囲気:祭りの熱気や市場の活気、自然の静けさなど、五感で感じる情報は現場ならではです 。
- 「想定外」との出会い:事前の予想や仮説を覆すような発見や、面白いハプニングは、新しい視点やアイデアの源泉となります 。
- 当事者の「生の声」:旅行者、地域住民、観光事業者など、関係者の本音や感情に触れることができます 。表情や仕草からも多くの情報が得られます 。
- コンテクスト(文脈)理解:なぜその人はそう言うのか、なぜその現象が起きているのか、その背景にある状況や関係性を深く理解できます 。
フィールドはまさに「生きた情報」の宝庫なのです 。
「リサーチ精神」と「リサーチの種」探し
後半の授業では「リサーチ精神」を身につけることの重要性を改めて強調しました 。探求心(もっと知りたい、確かめたい)、仮説を立てる力(もしかして、こうなんじゃないか?)、観察する力(よく見る、じっくり聞く)、そして好奇心(なぜ?どうして?) 。これらは特別な才能ではなく、日常のちょっとした心がけで鍛えられる「リサーチの筋肉」です 。
そして、学生たちには「私たちの学校生活や、ここ東北海道の日常(特に観光に関連しそうなこと)で、あなたが『もっと知りたい!』『これってどうなってるの?』と思う『?(ハテナ)』は何ですか?」というテーマで、リサーチの種となる疑問や興味を付箋に書き出してもらうワークショップを行いました 。
学生からは、多様な「リサーチの種」が出されました。例えば、
- 「何もないのが魅力なのに、なぜ(そのことを)発信しないのか?」
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情報発信のあり方や、地域の魅力の定義に関する問い。
- 「ガソリン代に対して町から補助金は出せないのか?タクシーへの補助は?」
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交通インフラとコスト、観光客誘致施策に関する問い。
- 「中標津の推している自然の名物(例:富良野のラベンダーのような)が分かりづらい」
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地域ブランドイメージ、象徴的な観光資源の認知度に関する問い。
- 「中標津は牛を育てているのに、観光客が牛を見る機会が全くないのでは?」
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地域の基幹産業と観光体験の連携に関する問い。
- 「中標津牛乳は美味しいのに、観光客が気軽に飲める場所やサイズが少ないのでは?」
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地産品の消費機会、商品展開に関する問い。
- 「町内のハイヤーの対応の悪さが気になる」
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観光客の接客満足度、サービス品質に関する問い。
- 「街の外観が観光向けではないと感じる」
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観光地の景観、雰囲気づくりに関する問い。
- 「(外国人留学生への奨学金はあるが)日本人学生への奨学金が少ないのでは?」
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これは観光とは直接関係ないものの、地域における人材育成や公平性に関する学生の関心を示す意見。
- 「中標津の観光ルートとは?」
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周遊ルートの提案、観光客の行動パターンに関する問い。
- 「自転車で観光する際に安全なのか?」
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新たな観光スタイルと安全対策に関する問い。
これらの疑問は具体的なリサーチテーマへと発展する可能性を秘めています。
例えば「中標津の推しが分かりづらい」という疑問からは、「中標津を訪れる観光客は、中標津に対してどのようなイメージを持っているのか?」というインタビュー調査や「地元住民が推薦する中標津の観光スポット・体験は何か?」といったアンケート調査を設計することが考えられます。
初回授業を終えて
フィールドリサーチの初回はリサーチの基本的な考え方、その重要性、そして何よりも「なぜ?」「どうして?」という好奇心を持ち、日常の出来事や情報に目を向けることの大切さを伝えました。学生たちが出してくれた多様な「リサーチの種」は、まさに彼らが日々感じている疑問や興味の表れであり、今後の具体的な調査活動の出発点となります。
次回はこれらの「種」の中から、実際に調査を進めていくテーマを絞り込み、具体的な調査計画を立てていくステップに進みます。学生たちには、今回挙げた疑問の中から特に深掘りしたいテーマを3つ選び、それぞれについて「何を調べたいか」「どこで、誰に、何を聞くか」を考えてきてもらうことを宿題としました。
この授業が、学生たちにとって主体的に課題を発見し、解決策を探求していくための「現場力」を養う機会となることを期待しています。
講義資料


















